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論文関連の(ほぼ)個人用メモ。
arXiv:1601.05438
Batygin & Brown (2016)
Evidence for a Distant Giant Planet in the Solar System
(太陽系内の遠方巨大惑星の証拠)
ここではまず,カイパーベルト天体の軌道は近日点引数だけが偏っているわけではなく,物理的な空間においても偏っているという事を示す.カイパーベルト天体のそれぞれの近日点の位置と,それぞれの軌道平面は非常に偏っており,この偏りが偶然発生する確率は 0.007%であることが分かった.従って,この偏りを長時間維持するための力学的な原因が必要である.
数値計算を用いて検証した結果,観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りは,以下の様な性質を持つ天体が存在すると仮定するとうまく説明できることが判明した.
・カイパーベルト天体とおおむね同じ軌道平面上にある
・大きな軌道長半径を持つ
・大きな軌道離心率を持ち,長細い楕円軌道にある
・少なくとも地球の 10倍の質量を持つ
・近日点が他のカイパーベルト天体の近日点と 180°反対側にある
このような性質を持つ天体が存在した場合,カイパーベルト天体の軌道の偏りを実現し,それを維持することが出来る.
また,観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りだけではなく,セドナのような大きな近日点距離を持つ天体の存在や,軌道傾斜角が 60° - 150°程度かつ大きな軌道長半径を持つ天体といった,これまで起源が不明だった天体の軌道も,この天体の存在で自然に説明出来る.
今後の遠方の天体と大きく傾いた軌道を持つ天体のさらなる解析によって,この仮説を検証することが可能となり,また仮定した未知の天体の軌道要素にさらなる制限を付けられることが期待される.
近日点引数 ω = 0° であるためには,その天体の近日点は正確に黄道にあり,また黄道を通過するときには天体は黄道面を南から北へと通過する (言い換えれば,昇降点を通過する) という軌道配置になっている必要がある.
近日点では天体は太陽に近く,従って最も明るく見えることになる.さらに黄道面付近は重点的に観測されている.そのため,黄道面付近に近日点を持つ天体が選択的に発見されやすいという観測バイアスは確実に存在する.
しかし,近日点通過時に南から北へと移動する天体ばかりを選択的に発見するようなバイアスがある可能性は無い.数値シミュレーションでも,このようなバイアスは存在しないことが確認されている (de la Fuente Marcos & de la Fuente Marcos 2014).
従って,近日点引数 ω の偏りは観測バイアスではなく,実際に起きている現象であると考えられる.
この近日点引数の偏りは驚くべき結果である.なぜなら,巨大惑星によるカイパーベルト天体への重力トルクは,太陽系年齢の数十億年のうちに,近日点引数をランダムにする効果として働くからである.つまり,何らかの力学的な機構が存在しないと,近日点引数の偏りは発生しないはずである.
この偏りを説明するためのメカニズムとして,これまでに主に 2 つの説が提案されている.古在機構によるとするものと,"inclination instability" によるとするものである.
しかし,de la Fuente Marcos & de la Fuente Marcos (2014)によると,ω = 0° の周囲で秤動を起こすためには,秤動を起こしているカイパーベルト天体と摂動を与えている天体の軌道長半径の比がほぼ 1 である必要があるとされている.つまり,個々のカイパーベルト天体の軌道の特徴を説明するためにファインチューニングされた,複数の惑星が必要だということである.
また古在機構で説明しようというモデルにはさらに問題がある.
Trujillo & Sheppard (2014)では,近日点引数 ω = 0°だけでなく,ω = 180°を中心とした秤動を起こす天体の存在も許すモデルになっている.観測では ω = 180°の天体は発見されていないため,ω ~ 0°の天体ばかりになるような更なるプロセスが必要とされる.
Trujillo & Sheppard (2014)では,このプロセスの候補として,太陽系への別の恒星の強い近接遭遇を挙げている.そのような強い近接遭遇は,太陽系の内側の天体の軌道へも,現在観測できるような影響を残してしまう可能性がある.
また,遠距離に存在する摂動天体が太陽系内側の天体の近日点運動の歳差に与える影響の解析から,特に摂動天体の軌道傾斜角が小さい場合は,地球質量より重く,軌道長半径が 200 - 300 AU の天体の存在は排除できることが分かっている (Iorio 2012, 2014).
このモデルでは,初期には軸対称に分布していた高軌道離心率の微惑星が,不安定によって円錐状の形状の分布へと再構成されるというメカニズムを考える.その結果として,軌道はおおむね同じ近日点引数 ω をとるようになり,昇交点黄経 (longitude of ascending node) Ω では一様な分布になる.
このモデルは興味深い提案であるが,巨大惑星の四重極ポテンシャルの影響を考慮した状態で自己重力による軌道の不安定化が発生するか,また天体による軌道散乱の影響はどうなるかなど,更なる計算が必要である.
また,この inclination instability を適切なタイムスケールで発生させるためには,軌道長半径にして 100 - 1000 AU の範囲内に,合計で 1 - 10地球質量の天体群が必要である.この見積もりは,現在発見されているセドナなどの天体の合計質量は無視できるほど小さいという現状とは非整合的である.
更に,初期の太陽系の微惑星円盤の質量は地球質量の数十倍程度だったと考えられるが (Tsiganis et al. 2005など),その大部分は,カイパーベルトを形作った過渡的な力学的不安定の最中や直後に,巨大惑星との近接遭遇によって太陽系からはじき出されたと考えられる.初期にあった微惑星円盤が消失するタイムスケールは,inclination instability が進むタイムスケールよりも短い (Nesvorny ́ 2015).従って,外部太陽系で inclination instability が発生できたかどうかは微妙な問題である.
どちらのモデルも問題を抱えている.
そこでここでは,遠方のカイパーベルト天体の軌道の偏りは,単一の長周期天体によって引き起こされているという説を提案する.
近日点距離 q が 30 AU より大きく,かつ軌道長半径が 150 AU よりも大きい天体は全て,近日点引数が ω ~ 0° 付近に偏っている.近日点距離が海王星軌道より小さい天体は,最近の海王星との遭遇による影響を受ける.しかし近日点距離が 30 AU より大きい場合であっても,海王星の外側の平均運動共鳴によって軌道が乱され得る.
遠方のカイパーベルト天体への海王星の影響を調べるため,軌道が偏っているカイパーベルト天体群から 6 つのサンプルを選び,40億年に渡る軌道計算を行った.
その結果,安定な軌道を持つ天体は,近日点引数 ω = 0°ではなく,318°付近に偏っており,これは古在機構による予測と非整合的である.また昇交点黄経の場合は Ω = 113°付近に偏っていた.さらに,近日点経度 (longitude of perihelion) ϖ = ω + Ω は 71°付近に偏っていた.
この結果は,軌道は物理的に偏っていることを示唆する.
サンプルから 6個の天体をランダムに選ぶ操作を 10万回行い,各天体の近日点の位置と,選択した天体の平均の近日点の位置の各距離の二乗平均平方根 (root mean square, rms) を計算した.
その結果,近日点の位置の偏りは,0.7%の確率でしか発生しないことが判明した.
さらに,近日点の位置が偏っている天体は,公転軸の方向も偏っている傾向にある.公転軸の角度の rms も同様に計算した.その結果,公転軸の角度が偏っている確率は 1%であることが判明した.
両者の確率は独立であるため,両者が同時に起きる可能性は 0.007%となる.サンプル数は少ないものの,有意水準は 3.8 σ であった.
そのため,遠方のカイパーベルト天体の軌道の偏りは,偶然起きたものではないと考えられる.
粒子円盤でのコヒーレントな構造を形成する機構としては,自己重力によるもの (Tremaine 1998, Touma et al. 2009)か,外部の摂動体による重力的なシェパ―ディング (Goldreich & Tremaine 1982, Chiang et al. 2009)が挙げられる.現在のカイパーベルトは自己重力による構造形成を起こすには質量が不十分である.そのため後者であるかもしれない.
そこで,太陽系内に存在する摂動体によって現在観測されているカイパーベルト天体の軌道分布が維持されているという仮説を立てる.
まずここで行う数値計算では,試験粒子と存在を仮定した摂動天体その重力相互作用は自己整合的に (直接) 計算を行う.木星など既存の巨大惑星の重力ポテンシャルは軌道平均したものを用いる.
計算の際は,太陽の物理半径を天王星の軌道と同じ値に設定し,Burns (1976) による J2 項を加える.この J2 項は,4 つの巨大惑星の効果を含んだものの合計である.このような処置をすることによって,巨大惑星による小天体の近日点の永年進化を再現することが出来る.
試験粒子のうち,近日点距離が天王星の軌道よりも小さくなったものはシミュレーションから取り除いた.同様に,摂動天体のヒル半径以内に入った試験粒子もシミュレーションから取り除いた.
各計算では 40 億年間の進化を追う.
摂動天体は,軌道長半径は 200 - 2000 AU の間で 100 AU ずつ変えてそれぞれ計算を行った.また軌道離心率は 0.1 - 0.9 の間で,0.1 ずつ変えて計算を行った.
摂動天体の質量は,10地球質量とした.
しかし軌道の分布には別の特徴が見られた.小天体の中には,比較的力学的に安定な,大きな軌道離心率を持ち,近日点が比較的近い,摂動天体の軌道とは反対向きに揃った軌道を持つものが存在する.これらの天体の軌道のパラメータは,観測されている偏った軌道を持つカイパーベルト天体と似ている.
摂動天体の質量を 1 地球質量,0.1 地球質量にした場合の計算も行ったが,この場合は観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りを説明することは難しそうであった.
0.1 地球質量の場合は軌道の進化が非常に遅い.1 地球質量の場合は起こり得そうだが,不安定な軌道を持つ小天体の除去に非常に時間が掛かる.従って,今後の議論においては摂動天体の質量は 10地球質量と代表的な値とする.なおこの推定はあくまで桁での性質の議論であることに注意.
初期条件として,近日点距離 30 - 50 AU にフラットに天体を分布させ,軌道傾斜角はゼロとした.また同じく 40億年間の進化を追った.
この場合,カイパーベルト天体の近日点が摂動天体の近日点の位置と反対側になる現象は,摂動天体の軌道パラメーたの広い範囲で発生する.軌道長半径が 400 - 1500 AU,軌道離心率が 0.5 - 0.8 の範囲の際に発生した.
ここでは再び初めの N体計算の際と同じく,擬似的な重力ポテンシャルを用いた計算を行っている.ただし海王星の影響を正確に見るため,海王星のみは N体計算で直接計算を行っている.標準的な例として,摂動天体の軌道長半径が 700 AU,軌道離心率が 0.6,質量が 10地球質量,軌道傾斜角 30°,近日点引数 150°として計算を行った.
計算の結果,少なくとも定性的にはカイパーベルト天体の軌道分布をよく再現することが判明した.しかし摂動天体が同一平面に存在する場合の計算と比べると,昇交点黄経 Ω の偏りが,軌道長半径が 500 AU 程度より大きい範囲でしか見られなかった.この結果は,摂動天体の質量が 10地球質量よりも大きいことを示唆する.
また,摂動天体の軌道傾斜角を変えた計算も行った.軌道傾斜角を 60° - 180°の範囲で,30°ずつ変えたシミュレーションを行った.これらの結果は,傾斜角を 30°とした標準的モデルよりも観測結果に似ていない結果となった.そのため,摂動天体は比較的小さい軌道傾斜角を持つと考えられる.
結論として,軌道長半径が 700 AU 程度,軌道離心率が 0.6 程度,質量が 10地球質量かそれより数倍程度重い天体が存在する場合,観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りを再現することが出来る.
また,大きな軌道傾斜角を持つ Drac のような天体の説明も可能である可能性がある.Gladman et al. (2009)では,大きく傾いた軌道を持つカイパーベルト天体は,カイパーベルトの延長にあることが示唆されている.ここで提案したモデルは,Gladman et al. (2009)の描像に整合的なだけではなく,大きな軌道傾斜角を持つ小天体群は,本質的に散乱円盤と繋がっていることを示唆する.
特に,軌道長半径 150 - 250 AU における近日点引数の偏りについては原因は不明である.また,50 - 70 AU 付近に近日点を持つ天体が欠乏していることも興味深い特徴である.
さらに,存在を仮定した摂動天体の形成過程や力学進化の過程にはここでは触れていない.
Kenyon & Bromley (2015)は,太陽系の年齢の期間中における,150 - 250 AU の範囲内でのスーパーアース的な天体の形成について議論を行っている.また最近では,HR 8799 で発見されているように,大きな軌道を持つ天体も発見されている (Marois et al. 2008).
また,力学的な散乱によって遠方の天体が形成される可能性もある.太陽系形成の過程で,氷惑星は 2 つ以上形成される可能性が指摘されている (Izidoro et al. 2015).そして,その後 1 つかそれ以上の原始惑星コアが太陽系からはじき出される可能性もある (Izidoro et al. 2015).
ニュースでも「太陽系に新惑星発見か」として大きな話題になった研究の論文です.一部のメディアでは,あたかも新惑星を発見できたかのような報道が成されましたが,直接的な観測で確認できたわけでは無いことには注意が必要です.
ここで行っているのは,一部の太陽系外縁天体の軌道に見られる奇妙な偏りを,未知の天体の影響によるものであると仮定し,その未知の天体の質量や軌道要素などを解析的・数値的に推定したものです.
思想としては,海王星の発見に至るまでの流れと似たものがあります.
海王星は発見される前から,天王星の動きの理論とのずれから存在が推定されていました.天王星の動きのずれを詳細に観測して解析することにより,外側にあるかもしれない天体の軌道の予測が行われ,後に予測通りの軌道上に海王星が発見されたという経緯があります.
ここでは,天王星と海王星,というシンプルな関係ではなく,多数のカイパーベルト天体の軌道と未知の天体という関係になっています.
あくまでカイパーベルト天体の軌道の偏りから推定したものであるため,現段階では発見したと呼べる段階ではないことに注意が必要です.
実際にこの天体が存在して,観測で存在が実証された場合,質量が (少なくとも) 地球の10倍ということなので質量だけ見れば十分に惑星クラスの天体とみなすことが出来そうです.天王星や海王星と同程度の惑星と言えます.
ただし太陽系の惑星というのは単に質量で決まっているわけではなく,その天体の軌道周囲から他の天体を排除している必要もあります.軌道要素を見てもこれまでの惑星の特徴とは大きくかけ離れたものになっているため,存在が確定したとしても惑星と認定されるのは一筋縄ではいかないでしょう.太陽系の惑星の定義の見直しの議論へと発展するかもしれません.
いずれにせよ,まだ存在するかどうかは不明なので,今後のさらなる解析や,観測的な証拠をつかむ必要がありそうです.
余談ですが,これまでにも海王星より遠方に惑星質量天体が存在するという仮説はいくつか提案されているのですが,この論文の中では Trujillo & Sheppard (2014) のものしか触れられていません.その他のモデルには一切言及や引用が無い理由は不明.
なお本論文は現物が無料公開になっているようで,arXiv のプレプリント版ではなく,本物も閲覧可能になっているようです.
EVIDENCE FOR A DISTANT GIANT PLANET IN THE SOLAR SYSTEM
(Astronomical Journal)
arXiv:1601.05438
Batygin & Brown (2016)
Evidence for a Distant Giant Planet in the Solar System
(太陽系内の遠方巨大惑星の証拠)
概要
近年の解析から,エッジワース・カイパーベルトの散乱円盤 (scattered disk) に属する遠方の天体の軌道は,それぞれの天体の近日点引数 (argument of perihelion) が思いがけない偏りを示している事が分かっている.この偏りの原因としていくつかの仮説が提案されているが,現在のところこの観測結果を説明することが出来る理論的なモデルは不明である.ここではまず,カイパーベルト天体の軌道は近日点引数だけが偏っているわけではなく,物理的な空間においても偏っているという事を示す.カイパーベルト天体のそれぞれの近日点の位置と,それぞれの軌道平面は非常に偏っており,この偏りが偶然発生する確率は 0.007%であることが分かった.従って,この偏りを長時間維持するための力学的な原因が必要である.
数値計算を用いて検証した結果,観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りは,以下の様な性質を持つ天体が存在すると仮定するとうまく説明できることが判明した.
・カイパーベルト天体とおおむね同じ軌道平面上にある
・大きな軌道長半径を持つ
・大きな軌道離心率を持ち,長細い楕円軌道にある
・少なくとも地球の 10倍の質量を持つ
・近日点が他のカイパーベルト天体の近日点と 180°反対側にある
このような性質を持つ天体が存在した場合,カイパーベルト天体の軌道の偏りを実現し,それを維持することが出来る.
また,観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りだけではなく,セドナのような大きな近日点距離を持つ天体の存在や,軌道傾斜角が 60° - 150°程度かつ大きな軌道長半径を持つ天体といった,これまで起源が不明だった天体の軌道も,この天体の存在で自然に説明出来る.
今後の遠方の天体と大きく傾いた軌道を持つ天体のさらなる解析によって,この仮説を検証することが可能となり,また仮定した未知の天体の軌道要素にさらなる制限を付けられることが期待される.
研究の背景
太陽系外縁天体の軌道の偏り
近年の観測で,セドナや 2012 VP113,あるいはその他のオールトの雲内側 (inner Oort cloud) の天体候補が発見されている.これらの太陽系の外縁に入るカイパーベルト天体は,その軌道要素に原因不明の偏りがあることが分かっている (Trujillo & Sheppard 2014).特に,近日点距離が海王星の軌道よりも大きく,軌道長半径が 150 AU よりも大きい天体 (セドナ,2012 VP113を含む) は,近日点引数 ω がゼロ付近に集まっている.近日点引数 ω = 0° であるためには,その天体の近日点は正確に黄道にあり,また黄道を通過するときには天体は黄道面を南から北へと通過する (言い換えれば,昇降点を通過する) という軌道配置になっている必要がある.
近日点では天体は太陽に近く,従って最も明るく見えることになる.さらに黄道面付近は重点的に観測されている.そのため,黄道面付近に近日点を持つ天体が選択的に発見されやすいという観測バイアスは確実に存在する.
しかし,近日点通過時に南から北へと移動する天体ばかりを選択的に発見するようなバイアスがある可能性は無い.数値シミュレーションでも,このようなバイアスは存在しないことが確認されている (de la Fuente Marcos & de la Fuente Marcos 2014).
従って,近日点引数 ω の偏りは観測バイアスではなく,実際に起きている現象であると考えられる.
この近日点引数の偏りは驚くべき結果である.なぜなら,巨大惑星によるカイパーベルト天体への重力トルクは,太陽系年齢の数十億年のうちに,近日点引数をランダムにする効果として働くからである.つまり,何らかの力学的な機構が存在しないと,近日点引数の偏りは発生しないはずである.
この偏りを説明するためのメカニズムとして,これまでに主に 2 つの説が提案されている.古在機構によるとするものと,"inclination instability" によるとするものである.
古在機構による偏り
Trujillo & Sheppard (2014)では,外側に存在する摂動天体による古在機構 (Kozai mechanism) によって,カイパーベルト天体の近日点引数を ω = 0° 付近で秤動 (libration) させることが出来ると示唆した.例として,軌道長半径が 210 AU で円軌道を持つ 5地球質量の天体が存在すると,2012 VP113 の軌道で ω = 0° 付近で秤動が起きることが示されている.しかし,de la Fuente Marcos & de la Fuente Marcos (2014)によると,ω = 0° の周囲で秤動を起こすためには,秤動を起こしているカイパーベルト天体と摂動を与えている天体の軌道長半径の比がほぼ 1 である必要があるとされている.つまり,個々のカイパーベルト天体の軌道の特徴を説明するためにファインチューニングされた,複数の惑星が必要だということである.
また古在機構で説明しようというモデルにはさらに問題がある.
Trujillo & Sheppard (2014)では,近日点引数 ω = 0°だけでなく,ω = 180°を中心とした秤動を起こす天体の存在も許すモデルになっている.観測では ω = 180°の天体は発見されていないため,ω ~ 0°の天体ばかりになるような更なるプロセスが必要とされる.
Trujillo & Sheppard (2014)では,このプロセスの候補として,太陽系への別の恒星の強い近接遭遇を挙げている.そのような強い近接遭遇は,太陽系の内側の天体の軌道へも,現在観測できるような影響を残してしまう可能性がある.
また,遠距離に存在する摂動天体が太陽系内側の天体の近日点運動の歳差に与える影響の解析から,特に摂動天体の軌道傾斜角が小さい場合は,地球質量より重く,軌道長半径が 200 - 300 AU の天体の存在は排除できることが分かっている (Iorio 2012, 2014).
"Inclination instability" による偏り
もう一つの説は,Madigan & McCourt (2015)によって提案されている,いわゆる "inclination instability" (傾斜角不安定(?)) によって軌道要素の偏りが作られているというものである.このモデルでは,初期には軸対称に分布していた高軌道離心率の微惑星が,不安定によって円錐状の形状の分布へと再構成されるというメカニズムを考える.その結果として,軌道はおおむね同じ近日点引数 ω をとるようになり,昇交点黄経 (longitude of ascending node) Ω では一様な分布になる.
このモデルは興味深い提案であるが,巨大惑星の四重極ポテンシャルの影響を考慮した状態で自己重力による軌道の不安定化が発生するか,また天体による軌道散乱の影響はどうなるかなど,更なる計算が必要である.
また,この inclination instability を適切なタイムスケールで発生させるためには,軌道長半径にして 100 - 1000 AU の範囲内に,合計で 1 - 10地球質量の天体群が必要である.この見積もりは,現在発見されているセドナなどの天体の合計質量は無視できるほど小さいという現状とは非整合的である.
更に,初期の太陽系の微惑星円盤の質量は地球質量の数十倍程度だったと考えられるが (Tsiganis et al. 2005など),その大部分は,カイパーベルトを形作った過渡的な力学的不安定の最中や直後に,巨大惑星との近接遭遇によって太陽系からはじき出されたと考えられる.初期にあった微惑星円盤が消失するタイムスケールは,inclination instability が進むタイムスケールよりも短い (Nesvorny ́ 2015).従って,外部太陽系で inclination instability が発生できたかどうかは微妙な問題である.
どちらのモデルも問題を抱えている.
そこでここでは,遠方のカイパーベルト天体の軌道の偏りは,単一の長周期天体によって引き起こされているという説を提案する.
軌道要素解析
軌道の偏りの解析
Trujillo & Sheppard (2014)による解析では,近日点距離 q が海王星軌道よりも大きい天体の近日点引数を,軌道長半径の関数として解析を行っていた.近日点距離 q が 30 AU より大きく,かつ軌道長半径が 150 AU よりも大きい天体は全て,近日点引数が ω ~ 0° 付近に偏っている.近日点距離が海王星軌道より小さい天体は,最近の海王星との遭遇による影響を受ける.しかし近日点距離が 30 AU より大きい場合であっても,海王星の外側の平均運動共鳴によって軌道が乱され得る.
遠方のカイパーベルト天体への海王星の影響を調べるため,軌道が偏っているカイパーベルト天体群から 6 つのサンプルを選び,40億年に渡る軌道計算を行った.
その結果,安定な軌道を持つ天体は,近日点引数 ω = 0°ではなく,318°付近に偏っており,これは古在機構による予測と非整合的である.また昇交点黄経の場合は Ω = 113°付近に偏っていた.さらに,近日点経度 (longitude of perihelion) ϖ = ω + Ω は 71°付近に偏っていた.
この結果は,軌道は物理的に偏っていることを示唆する.
軌道の偏りの有意性
観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りの統計的有意性の評価も行った.サンプルから 6個の天体をランダムに選ぶ操作を 10万回行い,各天体の近日点の位置と,選択した天体の平均の近日点の位置の各距離の二乗平均平方根 (root mean square, rms) を計算した.
その結果,近日点の位置の偏りは,0.7%の確率でしか発生しないことが判明した.
さらに,近日点の位置が偏っている天体は,公転軸の方向も偏っている傾向にある.公転軸の角度の rms も同様に計算した.その結果,公転軸の角度が偏っている確率は 1%であることが判明した.
両者の確率は独立であるため,両者が同時に起きる可能性は 0.007%となる.サンプル数は少ないものの,有意水準は 3.8 σ であった.
そのため,遠方のカイパーベルト天体の軌道の偏りは,偶然起きたものではないと考えられる.
偏りを説明するためのモデル
先述のように,物理空間での軌道の偏りは,古在機構でも inclination instabilityでも説明が出来ていない.そのため別の説明が必要である.粒子円盤でのコヒーレントな構造を形成する機構としては,自己重力によるもの (Tremaine 1998, Touma et al. 2009)か,外部の摂動体による重力的なシェパ―ディング (Goldreich & Tremaine 1982, Chiang et al. 2009)が挙げられる.現在のカイパーベルトは自己重力による構造形成を起こすには質量が不十分である.そのため後者であるかもしれない.
そこで,太陽系内に存在する摂動体によって現在観測されているカイパーベルト天体の軌道分布が維持されているという仮説を立てる.
数値計算による検証
計算のセットアップ
上記仮説を,N体シミュレーションによって検証する.数値計算には,mercury 6 (Chambers 1999)を使用した.まずここで行う数値計算では,試験粒子と存在を仮定した摂動天体その重力相互作用は自己整合的に (直接) 計算を行う.木星など既存の巨大惑星の重力ポテンシャルは軌道平均したものを用いる.
計算の際は,太陽の物理半径を天王星の軌道と同じ値に設定し,Burns (1976) による J2 項を加える.この J2 項は,4 つの巨大惑星の効果を含んだものの合計である.このような処置をすることによって,巨大惑星による小天体の近日点の永年進化を再現することが出来る.
試験粒子のうち,近日点距離が天王星の軌道よりも小さくなったものはシミュレーションから取り除いた.同様に,摂動天体のヒル半径以内に入った試験粒子もシミュレーションから取り除いた.
各計算では 40 億年間の進化を追う.
摂動天体は,軌道長半径は 200 - 2000 AU の間で 100 AU ずつ変えてそれぞれ計算を行った.また軌道離心率は 0.1 - 0.9 の間で,0.1 ずつ変えて計算を行った.
摂動天体の質量は,10地球質量とした.
計算結果
多数のシミュレーションの結果,永年的な摂動による起動の偏りは,観測を説明するのには不利であることが分かった.しかし軌道の分布には別の特徴が見られた.小天体の中には,比較的力学的に安定な,大きな軌道離心率を持ち,近日点が比較的近い,摂動天体の軌道とは反対向きに揃った軌道を持つものが存在する.これらの天体の軌道のパラメータは,観測されている偏った軌道を持つカイパーベルト天体と似ている.
摂動天体の質量を 1 地球質量,0.1 地球質量にした場合の計算も行ったが,この場合は観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りを説明することは難しそうであった.
0.1 地球質量の場合は軌道の進化が非常に遅い.1 地球質量の場合は起こり得そうだが,不安定な軌道を持つ小天体の除去に非常に時間が掛かる.従って,今後の議論においては摂動天体の質量は 10地球質量と代表的な値とする.なおこの推定はあくまで桁での性質の議論であることに注意.
カイパーベルト天体の軌道分布について
次に,散乱円盤天体のシミュレーションを行った.同一平面軌道の場合
まず,摂動天体が他の惑星と同一の平面上にある場合を考えた.ここでの計算では,全ての惑星を考慮した N体計算を行った.(先ほどは他の惑星は軌道平均している)初期条件として,近日点距離 30 - 50 AU にフラットに天体を分布させ,軌道傾斜角はゼロとした.また同じく 40億年間の進化を追った.
この場合,カイパーベルト天体の近日点が摂動天体の近日点の位置と反対側になる現象は,摂動天体の軌道パラメーたの広い範囲で発生する.軌道長半径が 400 - 1500 AU,軌道離心率が 0.5 - 0.8 の範囲の際に発生した.
傾いた軌道の場合
次に,摂動天体が傾いた軌道を保つ場合の N体計算を行った.ここでは再び初めの N体計算の際と同じく,擬似的な重力ポテンシャルを用いた計算を行っている.ただし海王星の影響を正確に見るため,海王星のみは N体計算で直接計算を行っている.標準的な例として,摂動天体の軌道長半径が 700 AU,軌道離心率が 0.6,質量が 10地球質量,軌道傾斜角 30°,近日点引数 150°として計算を行った.
計算の結果,少なくとも定性的にはカイパーベルト天体の軌道分布をよく再現することが判明した.しかし摂動天体が同一平面に存在する場合の計算と比べると,昇交点黄経 Ω の偏りが,軌道長半径が 500 AU 程度より大きい範囲でしか見られなかった.この結果は,摂動天体の質量が 10地球質量よりも大きいことを示唆する.
また,摂動天体の軌道傾斜角を変えた計算も行った.軌道傾斜角を 60° - 180°の範囲で,30°ずつ変えたシミュレーションを行った.これらの結果は,傾斜角を 30°とした標準的モデルよりも観測結果に似ていない結果となった.そのため,摂動天体は比較的小さい軌道傾斜角を持つと考えられる.
結論として,軌道長半径が 700 AU 程度,軌道離心率が 0.6 程度,質量が 10地球質量かそれより数倍程度重い天体が存在する場合,観測されているカイパーベルト天体の軌道の偏りを再現することが出来る.
議論
他のカイパーベルト天体との関連
このモデルは,セドナや 2012 VP113 のような,遠距離にある分離天体 (distant detaced object, DDO) の存在を自然に説明することが出来る可能性がある.また,大きな軌道傾斜角を持つ Drac のような天体の説明も可能である可能性がある.Gladman et al. (2009)では,大きく傾いた軌道を持つカイパーベルト天体は,カイパーベルトの延長にあることが示唆されている.ここで提案したモデルは,Gladman et al. (2009)の描像に整合的なだけではなく,大きな軌道傾斜角を持つ小天体群は,本質的に散乱円盤と繋がっていることを示唆する.
問題点
このモデルは,遠方のカイパーベルト天体の軌道が偏っているという事実をうまく説明することができているが,再現できていない軌道の特徴も存在する.特に,軌道長半径 150 - 250 AU における近日点引数の偏りについては原因は不明である.また,50 - 70 AU 付近に近日点を持つ天体が欠乏していることも興味深い特徴である.
さらに,存在を仮定した摂動天体の形成過程や力学進化の過程にはここでは触れていない.
Kenyon & Bromley (2015)は,太陽系の年齢の期間中における,150 - 250 AU の範囲内でのスーパーアース的な天体の形成について議論を行っている.また最近では,HR 8799 で発見されているように,大きな軌道を持つ天体も発見されている (Marois et al. 2008).
また,力学的な散乱によって遠方の天体が形成される可能性もある.太陽系形成の過程で,氷惑星は 2 つ以上形成される可能性が指摘されている (Izidoro et al. 2015).そして,その後 1 つかそれ以上の原始惑星コアが太陽系からはじき出される可能性もある (Izidoro et al. 2015).
ニュースでも「太陽系に新惑星発見か」として大きな話題になった研究の論文です.一部のメディアでは,あたかも新惑星を発見できたかのような報道が成されましたが,直接的な観測で確認できたわけでは無いことには注意が必要です.
ここで行っているのは,一部の太陽系外縁天体の軌道に見られる奇妙な偏りを,未知の天体の影響によるものであると仮定し,その未知の天体の質量や軌道要素などを解析的・数値的に推定したものです.
思想としては,海王星の発見に至るまでの流れと似たものがあります.
海王星は発見される前から,天王星の動きの理論とのずれから存在が推定されていました.天王星の動きのずれを詳細に観測して解析することにより,外側にあるかもしれない天体の軌道の予測が行われ,後に予測通りの軌道上に海王星が発見されたという経緯があります.
ここでは,天王星と海王星,というシンプルな関係ではなく,多数のカイパーベルト天体の軌道と未知の天体という関係になっています.
あくまでカイパーベルト天体の軌道の偏りから推定したものであるため,現段階では発見したと呼べる段階ではないことに注意が必要です.
実際にこの天体が存在して,観測で存在が実証された場合,質量が (少なくとも) 地球の10倍ということなので質量だけ見れば十分に惑星クラスの天体とみなすことが出来そうです.天王星や海王星と同程度の惑星と言えます.
ただし太陽系の惑星というのは単に質量で決まっているわけではなく,その天体の軌道周囲から他の天体を排除している必要もあります.軌道要素を見てもこれまでの惑星の特徴とは大きくかけ離れたものになっているため,存在が確定したとしても惑星と認定されるのは一筋縄ではいかないでしょう.太陽系の惑星の定義の見直しの議論へと発展するかもしれません.
いずれにせよ,まだ存在するかどうかは不明なので,今後のさらなる解析や,観測的な証拠をつかむ必要がありそうです.
余談ですが,これまでにも海王星より遠方に惑星質量天体が存在するという仮説はいくつか提案されているのですが,この論文の中では Trujillo & Sheppard (2014) のものしか触れられていません.その他のモデルには一切言及や引用が無い理由は不明.
なお本論文は現物が無料公開になっているようで,arXiv のプレプリント版ではなく,本物も閲覧可能になっているようです.
EVIDENCE FOR A DISTANT GIANT PLANET IN THE SOLAR SYSTEM
(Astronomical Journal)
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