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論文関連の(ほぼ)個人用メモ。
arXiv:1611.09236
Cubillos et al. (2016)
An Overabundance of Low-density Neptune-like Planets
(低密度海王星類似惑星の過剰)
それぞれの惑星に対して restricted Jeans esacape parameter Λ を計算した.Λ が 20 程度より小さい場合は,極めて大きな惑星からの大気散逸率が推定される.この結果,167 のサンプルうち 27 の惑星を,水素主体の大気を持ち,また大量の大気散逸率が期待されると推定した.
さらに,これらの惑星の大気散逸率について,これらの惑星に適合した大気流体モデルを用いて推定を行った.大気流体モデルから推定した大気散逸率について,エネルギー律速 (energy-limited) の大気散逸率と比較した.その結果,全サンプルのうち 15%,25個の惑星が極めて大きな大気散逸率を持ち (> 0.1 地球質量/Gyr),エネルギー律速の大気散逸率より十分大きくなることが分かった.
しかしこの結果は矛盾を生む.なぜなら計算から得られた大気散逸率の値では,水素エンベロープを維持することが出来ないからである.この矛盾の説明のために立てた仮説は,これらの惑星は実際にはそのような大きな大気散逸率を持たないのではないかというものである.
これの原因として,流体力学モデルが大気散逸率を過大評価している可能性,トランジット時刻変動 (transit timing variation, TTV) の測定では惑星質量を過小評価している可能性,可視光でのトランジット観測は大気の高い高度にある雲の影響により惑星半径を過大評価している可能性,または海王星類似惑星は木星型惑星より一貫して高いアルベドを持っている可能性,などの理由が考えられる.
ここでの結論は,これまでに定着している惑星のパラメータ推定や技術の少なくともひとつは,海王星類似な惑星の値にバイアスを生成している可能性があるというものである.このような間違ったパラメータを持つ惑星の割合は,系外惑星の分布の研究,例えば量-半径分布などに大きなバイアスをかける可能性がある,
ここでは質量は 30 地球質量未満 (2 海王星質量未満) のものに着目した.
可視光でのトランジット光度曲線の観測から示唆される惑星の半径は,惑星が晴れた大気を持っている場合は,典型的には 20 - 100 mbar の高度に対応している (Lopez & Fortney 2013, Lammer et al. 2016など).惑星の質量は,恒星の視線速度観測か,惑星間の擾乱に起因するトランジット時刻変動によって推定されている.
上記の質量と半径の観測からの制限より,惑星の平均密度と組成を推定することができる.
ある一定の惑星質量では,惑星の半径は内部の組成には大きくは依存しない.これは惑星は非常に非圧縮性の大きな物質で出来ているからである.しかし対照的に,ある与えられた質量では,水素エンベローブの割合は惑星半径と強く相関している (Lopez & Fortney 2014).
惑星の質量-半径分布からは,海王星類似惑星の一定の割合は,自身の質量に対して大きな割合 (コア質量の数%程度) のエンベローブを持つことが示されている.また,いくつかの sub-Neptune 惑星は太陽系の巨大惑星よりも遥かに小さな平均密度を示す.
惑星の冷却と,恒星からの高エネルギーの放射 (XUV) が駆動する光蒸発は,一定の大気散逸率と大気の収縮を起こす.これらのメカニズムは ~108 年より長いタイムスケールの間継続する (Lopez et al. 2012など).流体力学的プロセスと光化学プロセスがこれらの惑星の高層大気の組成を決め,それに伴って散逸する粒子も決まる.
流体力学シミュレーションからは,円盤が散逸した後の数百万年の間に,低密度の惑星は極めて高い熱的大気散逸を起こすことが指摘されている.これはいわゆる “boil-off” と呼ばれている状態である (Owen & Wu 2016).
このメカニズムは,流体力学的な熱的散逸 (パーカー風),惑星内部からの熱による大気散逸の駆動,恒星からの連続波の輻射による大気散逸の駆動からなる.
この大気散逸の過程で,大気から散逸する粒子によってエネルギーを開放することによって,惑星大気は急速に冷却し収縮する.言い換えれば,大気密度が大量の大気散逸を起こすほど高くなっている大気層において,熱的エネルギーが重力エネルギーを超えているということである.
結果的に大気散逸率は,XUV 放射が駆動する光蒸発が支配的な大気散逸駆動機構になるまでの間,指数関数的に減衰する.
この段階の極めて大きな大気散逸率では,Gyr のタイムスケールでは海王星類似な惑星の大気を維持することが出来ない.そのため若い系においてのみ,XUV 放射駆動による大気散逸率を越える熱的駆動による大気散逸率が期待できる.
紫外線でのトランジット観測を用いると,系外惑星からの大気散逸の証拠を捉えることが出来る.たとえばライマンアルファ線でのトランジット観測 (Vidal-Madjar et al. 2003など) は,可視光より遥かに深いトランジットを起こす.これらの観測結果は,惑星のロッシュ・ローブよりも広がって存在する,散逸するガスによる吸収であると解釈される.
しかし観測結果から大気散逸率を求める過程は非常にモデル依存性が大きい.
ライマンアルファ線の観測では,スペクトル線の中心と吸収の特性の間に大きなオフセット (速度に焼き直して ± 100 km/s) があり,この観測を説明するためにはさらなる推定が必要である.これを説明するために提案されている機構としては,物質の高密度領域への大規模な閉じ込めからなる natural broadening (Stone & Proga 2009など),恒星の輻射圧と恒星風との相互作用の組み合わせによるもの,恒星風と大気の相互作用領域における電荷交換による粒子の加速 (Holmstrom et al. 2008など),または恒星面のライマンアルファ線の不均一性によるとするも (Llama et al. 2013) などがある..
Restricted Jeans escape parameter は,
Λ = G Mp mH / kB Teq Rp
で定義される.G は重力定数,Mp は惑星質量,mH は水素原子の質量,kB はボルツマン定数,Teq は惑星の平衡温度,Rp は惑星半径であり.
水素主体大気の場合は,Λ は簡単に計算できるパラメータであり,この値によって流体力学的大気散逸率 Lhy が XUV 放射駆動の光蒸発による大気散逸率 Len を越えるかどうかの推定を行うことが出来る.
古典的なジーンズエスケープパラメータは大気中の高度の関数であるが,ここで用いている restricted Jeans escape parameter は高度依存性がなく,ある惑星に対してグローバルに決まるパラメータである.Guillot et al. (1996) での定義に似ているが,温度を惑星の平衡温度で評価していることが異なる.
この定義を用いることで,惑星の boil-off が起きる閾値が Λ ~ 20 であることが実験的に分かっている (Fossati et al. 2016).これは Owen & Wu (2016) で示された閾値 R = 0.1 R_Bondi と等価なものである.
Fossati et al. (2016) では,Λ が 20 - 40 程度より小さい場合は,XUV 放射駆動による大気散逸よりも大きい,大量の大気散逸率になることを示した.
ここでは,これまでの大気散逸に関する研究の発展として,質量と半径が判明している惑星のサンプルにおける restricted Jeans escape parameter を計算し,また boil-off の状態にあると推定される惑星について,流体力学モデルを用いて大気散逸率を計算した.またその結果の観測的・物理的な意味についての議論を行う.
各惑星の平衡温度は,ボンドアルベド 0 とし,昼夜間のエネルギー再分配は効率的であると仮定して推定を行った.
ここで抽出した惑星のサンプルは不均質である.
大部分の惑星,90% はケプラーを用いてトランジット法で発見されている.これらの惑星の質量は,70%が TTV,30%が視線速度法で測定されている.わずかないくつかの系のみが,TTV と視線速度法の両方によって推定されている.(ケプラー18,ケプラー89,K2-19,WASP-47 のみ)
これらのサンプルは観測手法のバイアスを反映している.例えば,視線速度の測定がされている惑星の多くは平衡温度が高いものが多いが,これは視線速度法は主星に近い位置を公転する惑星 (そのため惑星の温度が高くなる) に対して感度が良いからである.さらに,ある特定の惑星のサイズに対して,視線速度法はより重い惑星を発見する傾向があるのに対し,TTV の感度はより一様である (Weiss & Marcy 2014など).
ホットジュピターの場合,このモデルは他の流体力学モデルの大部分と同程度の質量放出率を得る (Erkaev et al. 2016).また GJ 436b のような海王星類似な惑星の場合,質量放出率は 2 × 109 g s-1 となり,Ehrenreich et al. (2015) による観測結果と整合的になる.
恒星の XUV と EUV 光度は,Wright et al. (2011) のスケーリング則から計算している.これは恒星の自転周期と質量を X線光度に変換するスケーリング則であり,さらに Sanz-Forcada et al. (2011) の結果を用いて X線光度から EUV 光度を計算している.
恒星の自転周期が不明の場合は,Mamajek & Hillenbrand (2008) の gyrochronological relation より,恒星の年齢から自転周期を推定している.
また,XUV 放射が駆動するのエネルギー律速の大気散逸率の式 (Watson et al. 1981など) において,ここでは加熱効率を 15%としている (Shematovich et al. 2014).
流体計算から得られる大気散逸率 Lhy とエネルギー律速からの質量放出率 Len を比較した.光蒸発段階は Lhy ~ Len,boil-off の段階は Lhy >> Len となる,ここでは,Lhy/Len > 2.5 の時を boil-off 状態とする.
Λ < 15 の場合,Lhy/Len は Λ と強い相関がある.中間領域の 15 < Λ < 25 では,boil-off 状態から光蒸発による大気散逸状態への遷移領域となっている.そして Λ > 25 の場合は,Lhy/Len は大気散逸が XUV 放射駆動の光蒸発になるにつれ,一定の値を取るようになる.
なお,Λ とその他の観測されたパラメータとの相関は見られなかった.
水素主体大気を持つと同定されていて,Λ < 20 となる 27 個の惑星のうち 19 個が Lhy/Lhy > 2.5 を満たした.さらに Λ ≦ 25 の 6 個の低密度惑星も大きな大気散逸率となった.2.5 を超える大気散逸率となった惑星の全ては,0.1 地球質量/Gyr 以上の流体力学的大気散逸率を示した.この値では,これらの惑星は自身の水素大気を全て失ってしまっているはずである.
しかし,restricted Jeans escape paraeter Λ の計算と,流体力学的モデリングからは,25 個のサンプル (全体の 15%) は極めて大きい > 0.1 地球質量/Gyr の大気散逸率を示す.惑星系の年齢を考えると,このような状態では水素エンベロープが維持できるとは考えにくい.
この食い違いの説明のため,大気散逸モデルの推定や物理パラメータの測定のバイアス,あるいは観測の物理的な解釈のバイアスについて考える必要がある.
XUV 放射駆動の大気散逸率の推定において,ここでは加熱効率を 15%としたが,この取り扱いも最も制約の付いていないパラメータの一つである.加熱効率の詳細な計算は非常に複雑で,高度によって値は変わり,またたくさんの化学反応を考慮した力学的なアプローチを必要とする.
Shematovich et al. (2014) では,ホットジュピター大気中では加熱効率は 0.1 - 0.2 の間になるとした.この加熱効率を大きくすれば大気散逸率は大きくなる.しかし,Owen & Jackson (2012) では, 0.4 より大きい値にはならないと指摘されている.Salz et al. (2016) は,最もコンパクトで重い惑星の場合を除いて,重力ポテンシャルに依存する小さな変化 (0.1 - 0.3) を発見した.
また,このモデルで考慮されていないのは惑星の磁場の存在である.Owen & Adams (2014) などでは,惑星磁場の影響で大気散逸率は 1 桁ほど抑制されるとしている.
より重い惑星は強い重力的な束縛が強く,大気散逸率は小さくなる.
視線速度法や TTV による質量の推定は,将来的に改善されたり変わったりすることがある.例えば,TTV で質量が推定されたケプラー114c (Xie 2014),ケプラー231c (Kipping et al. 2014),ケプラー56b (Huber et al. 2013) の質量は,同時期の推定 (Hadden & Lithwick 2014) とファクターで 10 ほど異なる.そのため,データ処理ツールと統計処理ツールを使用する際は注意が必要である.
ここでのサンプルでは,ケプラー94b を除くと,boil-off 状態にある惑星は全て TTV で質量が推定されたものであった.
理想的には,TTV と視線速度法の両方で系のパラメータが与えられている場合は,パラメータの値の信頼性が上がる.しかしどちらの手法も観測的な制約があるため,両方の手法で確認されている系はわずかである.
晴れた大気を持つ海王星類似惑星の場合,可視光でのトランジット半径は気圧が 20 - 100 mbar の高度に相当する (Lopez & Fortney 2014).しかし,もし惑星が高い高度に光学的に厚い雲やヘイズを持っていた場合,トランジット半径は過大評価される.
仮にこのようになっていた場合,本当の 100 mbar の高度は,観測される半径よりも小さい半径に相当するため,大気散逸率はより低いものとなる.分光学的な解析からは,多くの海王星類似惑星や sub-Neptune 惑星は平坦な透過スペクトルを示し,波長依存性のない不透明度のヘイズや雲を持つというモデルと整合的である (Kreidberg et al. 2014など).
高い高度にある雲やヘイズの層は,入射する恒星からの輻射の大部分を反射し,大気に与えられるエネルギーを減らす.これによって推定される大気散逸率も減少する.
低密度の sub-Neptune 惑星のアルベドは,平均的にはホットジュピターとは異なる可能性がある.
ホットジュピターの場合,幾何学的アルベドは低く (~ 0.1),ボンドアルベドはいくらか高いと考えられている (~ 0.4, Schwartz & Cowan 2015).このことは,ホットジュピターは赤外線をよく反射する雲層の上に,可視光の吸収源がある層を持つことを示唆する.
しかし流体モデルから得た大気散逸率は非常に大きく,この値では惑星の水素エンベロープを維持することは困難である.流体力学モデルから得た大気散逸率は,別の最新のモデルと整合的である.
しかし現在の観測では惑星の大気散逸率を直接的に測定することは出来ていない.惑星の磁場は,これもあまり分かっていないが,大気散逸率を下げてこのパラドックスを解消する手立てになるかもしれない.
もしモデルからの大気散逸率の推定が正しいのであれば,パラドックスは TTV による惑星質量測定の過小評価か,惑星が高い高度に雲やヘイズを持っているためトランジット半径が過大評価されていることか,または惑星が高いアルベドを持っていることに起因する可能性がある.
arXiv:1611.09236
Cubillos et al. (2016)
An Overabundance of Low-density Neptune-like Planets
(低密度海王星類似惑星の過剰)
概要
半径と質量が推定されている海王星類似な惑星 (質量が 30 地球質量未満のもののみを抽出) からの大気散逸率の統一的な解析を行った.それぞれの惑星に対して restricted Jeans esacape parameter Λ を計算した.Λ が 20 程度より小さい場合は,極めて大きな惑星からの大気散逸率が推定される.この結果,167 のサンプルうち 27 の惑星を,水素主体の大気を持ち,また大量の大気散逸率が期待されると推定した.
さらに,これらの惑星の大気散逸率について,これらの惑星に適合した大気流体モデルを用いて推定を行った.大気流体モデルから推定した大気散逸率について,エネルギー律速 (energy-limited) の大気散逸率と比較した.その結果,全サンプルのうち 15%,25個の惑星が極めて大きな大気散逸率を持ち (> 0.1 地球質量/Gyr),エネルギー律速の大気散逸率より十分大きくなることが分かった.
しかしこの結果は矛盾を生む.なぜなら計算から得られた大気散逸率の値では,水素エンベロープを維持することが出来ないからである.この矛盾の説明のために立てた仮説は,これらの惑星は実際にはそのような大きな大気散逸率を持たないのではないかというものである.
これの原因として,流体力学モデルが大気散逸率を過大評価している可能性,トランジット時刻変動 (transit timing variation, TTV) の測定では惑星質量を過小評価している可能性,可視光でのトランジット観測は大気の高い高度にある雲の影響により惑星半径を過大評価している可能性,または海王星類似惑星は木星型惑星より一貫して高いアルベドを持っている可能性,などの理由が考えられる.
ここでの結論は,これまでに定着している惑星のパラメータ推定や技術の少なくともひとつは,海王星類似な惑星の値にバイアスを生成している可能性があるというものである.このような間違ったパラメータを持つ惑星の割合は,系外惑星の分布の研究,例えば量-半径分布などに大きなバイアスをかける可能性がある,
研究背景
Neptune-like 惑星の発見
ケプラーによる大量の系外惑星の発見によって,銀河系内の系外惑星の存在度とサイズ分布についての研究が可能となった (Fressin et al 2013など).発見されたこれらの惑星の多くは地球と海王星の中間程度のサイズであり,太陽系内にはこれらと類似の惑星は存在しない.その後のフォローアップ観測では海王星類似な惑星の質量の推定も行われ,系外惑星の物理特性の統計的にしっかりした研究が可能となってきている.ここでは質量は 30 地球質量未満 (2 海王星質量未満) のものに着目した.
可視光でのトランジット光度曲線の観測から示唆される惑星の半径は,惑星が晴れた大気を持っている場合は,典型的には 20 - 100 mbar の高度に対応している (Lopez & Fortney 2013, Lammer et al. 2016など).惑星の質量は,恒星の視線速度観測か,惑星間の擾乱に起因するトランジット時刻変動によって推定されている.
上記の質量と半径の観測からの制限より,惑星の平均密度と組成を推定することができる.
ある一定の惑星質量では,惑星の半径は内部の組成には大きくは依存しない.これは惑星は非常に非圧縮性の大きな物質で出来ているからである.しかし対照的に,ある与えられた質量では,水素エンベローブの割合は惑星半径と強く相関している (Lopez & Fortney 2014).
惑星の質量-半径分布からは,海王星類似惑星の一定の割合は,自身の質量に対して大きな割合 (コア質量の数%程度) のエンベローブを持つことが示されている.また,いくつかの sub-Neptune 惑星は太陽系の巨大惑星よりも遥かに小さな平均密度を示す.
惑星からの大気散逸
数地球質量の固体コアは,原始惑星系円盤が散逸する前に大量のガスエンベロープを降着できると考えられているが (Lee et al. 2014など), いくつかの研究では円盤ガス散逸後にこれらのエンベローブは異なる機構により質量を失うと言われている.惑星の冷却と,恒星からの高エネルギーの放射 (XUV) が駆動する光蒸発は,一定の大気散逸率と大気の収縮を起こす.これらのメカニズムは ~108 年より長いタイムスケールの間継続する (Lopez et al. 2012など).流体力学的プロセスと光化学プロセスがこれらの惑星の高層大気の組成を決め,それに伴って散逸する粒子も決まる.
流体力学シミュレーションからは,円盤が散逸した後の数百万年の間に,低密度の惑星は極めて高い熱的大気散逸を起こすことが指摘されている.これはいわゆる “boil-off” と呼ばれている状態である (Owen & Wu 2016).
このメカニズムは,流体力学的な熱的散逸 (パーカー風),惑星内部からの熱による大気散逸の駆動,恒星からの連続波の輻射による大気散逸の駆動からなる.
この大気散逸の過程で,大気から散逸する粒子によってエネルギーを開放することによって,惑星大気は急速に冷却し収縮する.言い換えれば,大気密度が大量の大気散逸を起こすほど高くなっている大気層において,熱的エネルギーが重力エネルギーを超えているということである.
結果的に大気散逸率は,XUV 放射が駆動する光蒸発が支配的な大気散逸駆動機構になるまでの間,指数関数的に減衰する.
この段階の極めて大きな大気散逸率では,Gyr のタイムスケールでは海王星類似な惑星の大気を維持することが出来ない.そのため若い系においてのみ,XUV 放射駆動による大気散逸率を越える熱的駆動による大気散逸率が期待できる.
紫外線でのトランジット観測を用いると,系外惑星からの大気散逸の証拠を捉えることが出来る.たとえばライマンアルファ線でのトランジット観測 (Vidal-Madjar et al. 2003など) は,可視光より遥かに深いトランジットを起こす.これらの観測結果は,惑星のロッシュ・ローブよりも広がって存在する,散逸するガスによる吸収であると解釈される.
しかし観測結果から大気散逸率を求める過程は非常にモデル依存性が大きい.
ライマンアルファ線の観測では,スペクトル線の中心と吸収の特性の間に大きなオフセット (速度に焼き直して ± 100 km/s) があり,この観測を説明するためにはさらなる推定が必要である.これを説明するために提案されている機構としては,物質の高密度領域への大規模な閉じ込めからなる natural broadening (Stone & Proga 2009など),恒星の輻射圧と恒星風との相互作用の組み合わせによるもの,恒星風と大気の相互作用領域における電荷交換による粒子の加速 (Holmstrom et al. 2008など),または恒星面のライマンアルファ線の不均一性によるとするも (Llama et al. 2013) などがある..
Restricted Jeans escape parameter
Fossati et al. (2016) では,古典的なジーンズエスケープパラメータ (Jeans escape parameter) の観点から熱的散逸について記述している.また,その中でさらに restricted Jeans escape parameter を定義した.Restricted Jeans escape parameter は,
Λ = G Mp mH / kB Teq Rp
で定義される.G は重力定数,Mp は惑星質量,mH は水素原子の質量,kB はボルツマン定数,Teq は惑星の平衡温度,Rp は惑星半径であり.
水素主体大気の場合は,Λ は簡単に計算できるパラメータであり,この値によって流体力学的大気散逸率 Lhy が XUV 放射駆動の光蒸発による大気散逸率 Len を越えるかどうかの推定を行うことが出来る.
古典的なジーンズエスケープパラメータは大気中の高度の関数であるが,ここで用いている restricted Jeans escape parameter は高度依存性がなく,ある惑星に対してグローバルに決まるパラメータである.Guillot et al. (1996) での定義に似ているが,温度を惑星の平衡温度で評価していることが異なる.
この定義を用いることで,惑星の boil-off が起きる閾値が Λ ~ 20 であることが実験的に分かっている (Fossati et al. 2016).これは Owen & Wu (2016) で示された閾値 R = 0.1 R_Bondi と等価なものである.
Fossati et al. (2016) では,Λ が 20 - 40 程度より小さい場合は,XUV 放射駆動による大気散逸よりも大きい,大量の大気散逸率になることを示した.
ここでは,これまでの大気散逸に関する研究の発展として,質量と半径が判明している惑星のサンプルにおける restricted Jeans escape parameter を計算し,また boil-off の状態にあると推定される惑星について,流体力学モデルを用いて大気散逸率を計算した.またその結果の観測的・物理的な意味についての議論を行う.
系外惑星のサンプル抽出
系外惑星のデータベースから,半径と質量が分かっているもののうち,2 海王星質量程度 (~ 30 地球質量) より軽いものを選択して抽出した.その結果,サンプル数は 167 個となった.各惑星の平衡温度は,ボンドアルベド 0 とし,昼夜間のエネルギー再分配は効率的であると仮定して推定を行った.
ここで抽出した惑星のサンプルは不均質である.
大部分の惑星,90% はケプラーを用いてトランジット法で発見されている.これらの惑星の質量は,70%が TTV,30%が視線速度法で測定されている.わずかないくつかの系のみが,TTV と視線速度法の両方によって推定されている.(ケプラー18,ケプラー89,K2-19,WASP-47 のみ)
これらのサンプルは観測手法のバイアスを反映している.例えば,視線速度の測定がされている惑星の多くは平衡温度が高いものが多いが,これは視線速度法は主星に近い位置を公転する惑星 (そのため惑星の温度が高くなる) に対して感度が良いからである.さらに,ある特定の惑星のサイズに対して,視線速度法はより重い惑星を発見する傾向があるのに対し,TTV の感度はより一様である (Weiss & Marcy 2014など).
流体計算
ここでは流体計算による大気散逸率を求めるため,1 次元の高層大気モデルを用いた (Erkaev et al. 2016).このモデルは,恒星の XUV フラックスと粒子のイオン化,解離,再結合とライマンアルファ線による冷却を考慮して,流体の質量保存・運動量保存・エネルギー保存の方程式を解くモデルである.ホットジュピターの場合,このモデルは他の流体力学モデルの大部分と同程度の質量放出率を得る (Erkaev et al. 2016).また GJ 436b のような海王星類似な惑星の場合,質量放出率は 2 × 109 g s-1 となり,Ehrenreich et al. (2015) による観測結果と整合的になる.
恒星の XUV と EUV 光度は,Wright et al. (2011) のスケーリング則から計算している.これは恒星の自転周期と質量を X線光度に変換するスケーリング則であり,さらに Sanz-Forcada et al. (2011) の結果を用いて X線光度から EUV 光度を計算している.
恒星の自転周期が不明の場合は,Mamajek & Hillenbrand (2008) の gyrochronological relation より,恒星の年齢から自転周期を推定している.
また,XUV 放射が駆動するのエネルギー律速の大気散逸率の式 (Watson et al. 1981など) において,ここでは加熱効率を 15%としている (Shematovich et al. 2014).
流体計算から得られる大気散逸率 Lhy とエネルギー律速からの質量放出率 Len を比較した.光蒸発段階は Lhy ~ Len,boil-off の段階は Lhy >> Len となる,ここでは,Lhy/Len > 2.5 の時を boil-off 状態とする.
結果
Λ は極めて大きい大気散逸率を持つかどうかを判断するためのよい指標であることを発見した.Λ < 15 の場合,Lhy/Len は Λ と強い相関がある.中間領域の 15 < Λ < 25 では,boil-off 状態から光蒸発による大気散逸状態への遷移領域となっている.そして Λ > 25 の場合は,Lhy/Len は大気散逸が XUV 放射駆動の光蒸発になるにつれ,一定の値を取るようになる.
なお,Λ とその他の観測されたパラメータとの相関は見られなかった.
水素主体大気を持つと同定されていて,Λ < 20 となる 27 個の惑星のうち 19 個が Lhy/Lhy > 2.5 を満たした.さらに Λ ≦ 25 の 6 個の低密度惑星も大きな大気散逸率となった.2.5 を超える大気散逸率となった惑星の全ては,0.1 地球質量/Gyr 以上の流体力学的大気散逸率を示した.この値では,これらの惑星は自身の水素大気を全て失ってしまっているはずである.
議論
観測されている低密度の多くの海王星類似惑星は,水素エンベロープが惑星質量の一定割合を占めていると考えられる.しかし,restricted Jeans escape paraeter Λ の計算と,流体力学的モデリングからは,25 個のサンプル (全体の 15%) は極めて大きい > 0.1 地球質量/Gyr の大気散逸率を示す.惑星系の年齢を考えると,このような状態では水素エンベロープが維持できるとは考えにくい.
この食い違いの説明のため,大気散逸モデルの推定や物理パラメータの測定のバイアス,あるいは観測の物理的な解釈のバイアスについて考える必要がある.
流体力学モデルのバイアス?
大気散逸率の直接的な測定が存在しないため,モデルからの大気散逸率を確認するのは困難である.紫外線のトランジット観測からの様々なパラメータの推定は,観測的制約があまり与えられていない物理プロセス,例えば惑星磁場,恒星の輻射圧,恒星風と散逸する大気との相互作用などの扱いを必要とする.XUV 放射駆動の大気散逸率の推定において,ここでは加熱効率を 15%としたが,この取り扱いも最も制約の付いていないパラメータの一つである.加熱効率の詳細な計算は非常に複雑で,高度によって値は変わり,またたくさんの化学反応を考慮した力学的なアプローチを必要とする.
Shematovich et al. (2014) では,ホットジュピター大気中では加熱効率は 0.1 - 0.2 の間になるとした.この加熱効率を大きくすれば大気散逸率は大きくなる.しかし,Owen & Jackson (2012) では, 0.4 より大きい値にはならないと指摘されている.Salz et al. (2016) は,最もコンパクトで重い惑星の場合を除いて,重力ポテンシャルに依存する小さな変化 (0.1 - 0.3) を発見した.
また,このモデルで考慮されていないのは惑星の磁場の存在である.Owen & Adams (2014) などでは,惑星磁場の影響で大気散逸率は 1 桁ほど抑制されるとしている.
惑星質量のバイアス?
ここでの計算結果と観測結果の食い違いに対するひとつの説明は,TTV で推定されている惑星質量は実際の値よりも過小評価されているというものである.TTV での惑星質量の過小評価の可能性は既に Weiss & Marcy (2014) によって指摘されているものである.より重い惑星は強い重力的な束縛が強く,大気散逸率は小さくなる.
視線速度法や TTV による質量の推定は,将来的に改善されたり変わったりすることがある.例えば,TTV で質量が推定されたケプラー114c (Xie 2014),ケプラー231c (Kipping et al. 2014),ケプラー56b (Huber et al. 2013) の質量は,同時期の推定 (Hadden & Lithwick 2014) とファクターで 10 ほど異なる.そのため,データ処理ツールと統計処理ツールを使用する際は注意が必要である.
ここでのサンプルでは,ケプラー94b を除くと,boil-off 状態にある惑星は全て TTV で質量が推定されたものであった.
理想的には,TTV と視線速度法の両方で系のパラメータが与えられている場合は,パラメータの値の信頼性が上がる.しかしどちらの手法も観測的な制約があるため,両方の手法で確認されている系はわずかである.
惑星半径のバイアス?
別の可能性としては,観測されたトランジット半径の解釈が間違っているというものがある.晴れた大気を持つ海王星類似惑星の場合,可視光でのトランジット半径は気圧が 20 - 100 mbar の高度に相当する (Lopez & Fortney 2014).しかし,もし惑星が高い高度に光学的に厚い雲やヘイズを持っていた場合,トランジット半径は過大評価される.
仮にこのようになっていた場合,本当の 100 mbar の高度は,観測される半径よりも小さい半径に相当するため,大気散逸率はより低いものとなる.分光学的な解析からは,多くの海王星類似惑星や sub-Neptune 惑星は平坦な透過スペクトルを示し,波長依存性のない不透明度のヘイズや雲を持つというモデルと整合的である (Kreidberg et al. 2014など).
ボンドアルベドのバイアス?
惑星が雲の多い大気を持つ場合もバイアスがかかる可能性がある.高い高度にある雲やヘイズの層は,入射する恒星からの輻射の大部分を反射し,大気に与えられるエネルギーを減らす.これによって推定される大気散逸率も減少する.
低密度の sub-Neptune 惑星のアルベドは,平均的にはホットジュピターとは異なる可能性がある.
ホットジュピターの場合,幾何学的アルベドは低く (~ 0.1),ボンドアルベドはいくらか高いと考えられている (~ 0.4, Schwartz & Cowan 2015).このことは,ホットジュピターは赤外線をよく反射する雲層の上に,可視光の吸収源がある層を持つことを示唆する.
結論
海王星類似な惑星のサンプル 167 個に対して大気散逸率を計算した.しかし流体モデルから得た大気散逸率は非常に大きく,この値では惑星の水素エンベロープを維持することは困難である.流体力学モデルから得た大気散逸率は,別の最新のモデルと整合的である.
しかし現在の観測では惑星の大気散逸率を直接的に測定することは出来ていない.惑星の磁場は,これもあまり分かっていないが,大気散逸率を下げてこのパラドックスを解消する手立てになるかもしれない.
もしモデルからの大気散逸率の推定が正しいのであれば,パラドックスは TTV による惑星質量測定の過小評価か,惑星が高い高度に雲やヘイズを持っているためトランジット半径が過大評価されていることか,または惑星が高いアルベドを持っていることに起因する可能性がある.
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