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論文関連の(ほぼ)個人用メモ。



arXiv:1911.03984
Ito & Ohtsuka (2019)
The Lidov-Kozai Oscillation and Hugo von Zeipel
(リドフ・古在振動とヒューゴ・フォン・ツァイペル)

概要

円制限三体問題,とくにその二重平均版は,天体力学において非常によく研究されてきた.シンプルであるにもかかわらず,円制限三体系は太陽系内や太陽系外惑星系,その他多くの天文学の研究に現れる力学的な系における,様々な天体の運動をモデル化するのに適している.

これに関連して,いわゆる Lidov-Kozai oscillation はよく知られ,様々な天体に適用されてきた.この機構により,円制限三体系での摂動天体の軌道傾斜角と離心率が,特定の条件の下で大きな振幅で振動する.またこの機構は,摂動天体の近点引数の停留点まわりでの秤動を引き起こす.

この現象の理論的枠組みは,1960 年代前半にソビエト連邦の力学の研究者 (Michail L’vovich Lidov) と日本の天体力学者 (Yoshihide Kozai,古在由秀) によって,独立に確立されたものだと広く受け入れられている.理論の確立以降,この理論は広範に研究され発展してきた.リドフと古在による最初の研究から様々な研究が生まれ,現在では “Lidov-Kozai” もしくは “Kozai-Lidov” という接頭辞が用いられる.

しかし,19 世紀後半から 20 世紀前半に出版された過去の文献をサーベイした結果,その期間中に確立されたこの内容の同様の解析を用いた先駆的な研究が既に存在することを確認した.それは,スウェーデンの天文学者 Edvard Hugo von Zeipel によって成し遂げられたものであった.

ここでではまず,Lidov-Kozai 振動が発生する典型的な例を含む,円制限三体問題の基本的な枠組みについて概説する.次に,リドフ,古在,および関連する著者による主要な研究を要約することにより,20 世紀初頭から中盤にかけて,この一連の研究により議論され得られた内容について紹介する.
最後にフォン・ツァイペルの研究を要約し,20 世紀初頭における彼の業績は,Lidov-Kozai 振動の理解に必要な,基本的かつ必要な定式化の大部分を既に理解していたことを示す.

リドフ,古在およびフォン・ツァイペルの研究を比較し,この理論的枠組みを表すためには,Lidov-Kozai もしくは Kozai-Lidov との接頭辞を用いるのではなく,”von Zeipel-Lidov-Kozai” という接頭辞が使用されるべきであると主張する.これは,現代の天体力学の進歩に大きな貢献をしたこれら 3 人の主要な先駆者を適切に記念し,正当な敬意を示すものである.

古在とリドフの論文について

Lidov (1962) の二重平均円制限三体問題に関する業績は ,Kozai (1962) のものと実質的に等価である.それにもかからわず,リドフの研究は古在のものほどは引用されなかった.これは,これらの論文が出版された雑誌の知名度に差があったことが主要な要因だと推測される.

Astrophysics Data System (ADS) で発見できる限りでは,Lidov (1962) と Kozai (1962) を同時に引用したのは,Lowrey (1971) が初めてである.しかしその後 33 年の間にわたって,ADS での引用頻度から判断すると,これら 2 つの研究の実質的な等価性だけではなく,リドフの研究自体がほとんど忘れ去られ,目立たず,葬り去られているような状態ですらあった.

しかし,巨大惑星の周りの不規則衛星の永年力学についての論文 (C ́uk & Burns 2004) で,20 世紀において 2 つの論文が初めて同時に引用されて以降は,Lidov による研究は急速に注目を集めるようになった.今日では,リドフの研究と古在の研究の等価性はますます知られるようになっている.

またリドフの研究は,20 世紀の間にも無視できない回数引用されていることも判明した.
ADS や Web of Science (WoS) の引用データベースは,1960 年代やそれ以前の古い文献に関する情報は完全ではない点を考慮した.また,その時期の論文出版の総数は現在よりもずっと少なかったことにも注意する必要がある.そのため,その段階からリドフの研究は学術コミュニティでは比較的よく理解されていたと言うべきである.

また,ソビエト連邦関連の国内の学術コミュニティ,そして特にロシア語で書かれた文献をサーベイすることができたなら,リドフの研究が引用されている文献をより多く発見できるだろう.


リドフの研究が注目されるに連れ,この理論的枠組みへの接頭辞として “Kozai” ではなく “Lidov-Kozai” を用いる人が増えた.

ADS と WoS で調べる限りでは,”Lidov-Kozai” の接頭辞を初めて用いた出版物は Michtchenko et al. (2006) である (“the Lidov-Kozai resonance” として).一方で,”Kozai-Lidov” は S ̆idlichovský (2005) に登場する (“Kozai-Lidov resonance” として).
最近では,”Lidov-Kozai" を用いながら,Kozai (1962) ではなく Lidov (1961) のみを引用している Ulivieri et al. (2013) のような論文も見られる.

両研究の関係

時系列

  • 1961 年のどこかの段階で,Lidov (1961) が Iskusstvennyye Sputniki Zemli にて出版された.この論文の出版は後述のモスクワでの国際会議の前後どちらの可能性もあり,正確な出版日は特定できなかった.
  • 1961 年 11 月 20-25 日,モスクワにて理論天文学の全般的な問題,および応用問題に関する会議が開催された.リドフはこれに参加して,この内容に関する発表を行っている.古在もアメリカの代表団の一員としてこの会議に招待されており (古在はこのときマサチューセッツのスミソニアン天体物理観測所に勤務していた),近接人工衛星の運動についての講演を行っている.両者はこの会議で会っており,短い会話を持った (2017 年,古在本人談).2 人の直接の遭遇はこれが最初で最後である.
  • 1962 年 5 月 28-30 日,衛星の力学に関する IUTAM (International Union of Theoretical and Applied Mechanics) シンポジウムがパリで開催された.このシンポジウムにはリドフは参加していないが,彼の講演は代理人によって行われた.一方で古在はこのシンポジウムに参加し,衛星の運動から導かれた地球の重力ポテンシャルについての講演を行っている.なおこのシンポジウムには,ルナ 3 号の特異運動の研究を行った L. I. Sedov (レオニード・イワノビッチ・セドフ) が参加しており,シンポジウム参加者のグループ写真では古在とセドフが共に写っている.
  • 1962 年 8 月 26-29 日,この内容における古在の研究は,(おそらく) 第 111 回アメリカ天文学会年会において論文として初めて発表された.
  • 1962 年 8 月 29 日,Kozai (1962) の論文原稿が The Astronomical Journal に送付される.
  • 1962 10 月,Lidov (1961) の初めての英訳論文が Planetary and Space Science にて出版される (Lidov 1962).
  • 1962 年 11 月,Kozai (1962) が The Astronomical Journal から出版される.
  • 1963 年 8 月,Lidov (1961) の 2 番目の英訳論文が AIAA Journal Russian Supplement にて出版される (Lidov 1963).
  • 1963 年のどこかの段階で,2 つのプロシーディングスが出版された.そのうちの一つは Lidov (1963b) と Kozai (1963b) の論文を含む 1961 年のモスクワ会議のプロシーディングスで,どちらもロシア語である.もう一方は 1962 年のパリシンポジウムのプロシーディングスで,Lidov (1963c) と Kozai (1963a) を含み,どちらも英語である.
  • 1964 年のどこかの段階で,1961 年のモスクワ会議のプロシーディングスが英語に翻訳され出版された (Lidov 1964,Kozai 1964).

お互いの研究の認識

リドフは,後にこの内容に関する彼の研究を拡張した際のどこかの段階で古在による研究に気づいたと思われる.例えば,Lidov & Ziglin (1974) では Kozai (1962) を引用している.一方で古在はリドフの研究をより早く認識しており,Kozai (1962) では 1962 年のパリのシンポジウムでのリドフの講演を引用している.またリドフの研究の AIAA 英訳版では,古在により公式に「レビュー」されているように思われる.

これらの状況を念頭に置くと,リドフと古在の研究は相互作用なしに独立に行われたという一般的な見解とは異なり,こうして相互作用があったと判断される.

リドフがこの力学的現象に初めて気が付き,古在がそれを西洋のコミュニティに広げた,という見方もある.例えば Lidov-Kozai 振動の研究の歴史を記述した Tremaine & Yavetz (2014) では,「ラプラスはこの現象を調べるのに必要なツールを既に持っていたが,1960 年初頭にソビエト連邦のリドフが発見し,古在によって西側にもたらされた」と記述している.

しかしここでは,リドフと古在のどちらが先かという判断は行わない.フォン・ツァイペルがこの力学的機構をリドフや古在よりずっと先に認識していたことが分かっており,この手の議論にもはや重要な意味があるとは思わない.
なお Tremaine & Yavet (2014) が指摘するように,ラプラスがこの機構に関する研究を行っていたかについては熟知していないが,この歴史的なテーマの追求を続ける予定である.

フォン・ツァイペルによる研究

フォン・ツァイペルが三体問題を取り扱ったのは 1898 年と 1901 年の論文であり,その中で制限問題は極端な例として扱われている.

1 本目の論文 (von Zeipel 1898) は ”Sur la forme gén ́erale des éléments elliptiques dans le problème des trois corps” という題目でフランス語で書かれ,Bihang till Kongl Svenska Vetenskaps–Akademiens Handlingar で出版された.論文の内容からは,フォン・ツァイペルはリドフおよび古在による研究の 60 年以上前に,この問題の重要な点を認識していたと考えられる.

2 本目の論文 (von Zeipel 1901) の題目は “Recherches sur l’existence des séries de M. Lindstedt” で,同じ雑誌から出版されている.

類似した例

ここでは,フォン・ツァイペルがリドフと古在による研究よりもずっと先行していたという事実を考慮し,”Lidov-Kozai” や “Kozai-Lidov” ではなく,”the von Zeipel-Lidov-Kozai oscillation” と呼ばれるべきだと提案する.この意見を補強するため,ここではいくつかの例を紹介する.

呼称が変遷した例

ロドリゲスの公式
ルジャンドル多項式を生成する有名な公式である Rodrigues’ formula (ロドリゲスの公式) は,これについての研究の先駆者が後に認識されるに伴って,名前が変わった典型例である.

この公式は Rodrigues (1816) が初出である.しかし Ivory (1824) と Jacobi (1827) が後にこの公式を等価に発見した.そしてこの公式は何らかの形で,数十年に渡って Ivory-Javobi formula (アイヴォリー・ヤコビの公式) と呼ばれた.

後に,Eduard Heine が Rodrigues の先駆者としての研究に注意を払い,Rodrigues’ formula と呼び始めた (Heine 1878).
ラプラス・ルンゲ・レンツベクトル
Laplace-Runge-Lenz vector (ラプラス・ルンゲ・レンツベクトル) は,1/r のポテンシャルの下にある天体の運動に見られる定数ベクトルである (r は force center からの距離).

20 世紀中頃の一定の期間,これはルンゲ・レンツベクトルと呼ばれた.その後 Goldstein (1975) によって,Pierre-Simon de Laplace (ピエール=シモン・ラプラス) がルンゲとレンツよりも先にこのベクトルを正しく同定していたことを発見した.

また Goldstein (1976) では,さらに前にこのベクトルが William Rowan Hamilton (ウィリアム・ローワン・ハミルトン),Jakob Hermann (ヤコブ・ハーマン),Johann I. Bernoulli (ヨハン・ベルヌーイ) によっても同定されていたことを発見した.

Goldstein (1976) は,このベクトルを Hermann-Bernoulli-Laplace vector (ハーマン・ベルヌーイ・ラプラスベクトル) と呼ぶことを提案した.Subramanian (1991) ではさらに掘り下げて,Hermann-Bernoulli-Laplace-Hamilton-Runge-Lentz vector (ハーマン・ベルヌーイ・ラプラス・ハミルトン・ルンゲ・レンツベクトル) と呼んだ.

なおこの量は,太陽系力学では eccentricity vector (離心率ベクトル) としても知られている.Goldstein (1976) によると,この名前は 1845 年のハミルトンの最初の出版が由来である.

先駆者の名称が付けられた例

ヤルコフスキー効果
ヤルコフスキー効果は,回転する天体に働く運動量輸送機構である.
この効果に関するアイデアは,ロシアで働くポーランド人土木技師の Ivan Osipovich Yarkovsky (イワン・ヤルコフスキー) が 19 世紀後半に私的な「パンフレット」として出版したものが元となっている.しかしこれは,1909 年周辺にこのパンフレットを読んだ Ernst Julius Öpik (エルンスト・エピック) がそれを思い起こすまで,実質的に忘れ去られていた.

エピックはこの効果を定量的に推定し,Yarkovsky effect (ヤルコフスキー効果) と命名した (Öpik 1951).ほぼ同時期に,Vladimir Vyacheslavovich Radzievskii が同じ効果について彼の論文中で研究を行った (Radzievskii 1952).その後 1990 年代になってこの効果の詳細な定量的研究が行われ,また小惑星の運動で実際にこの効果が検出された.

一言で言えば,この効果の定量化のほとんどはヤルコフスキーよりもずっと後の時代の人々によって達成された.しかしこの効果は Öpik effect (エピック効果) でも Radzievskii effect (ラジエフスキー効果) でも他のいかなる名前でもなく,「ヤルコフスキー効果」と呼ばれ続けた.

なおこの効果には,小天体不規則な形状を介して小天体の自転速度に影響を与えるという別の側面があり,これは現在 YORP effect (YORP 効果,ヤルコフスキー・オキーフ・ラジエフスキー・パダック効果) と呼ばれている.YORP は 4 人の Yarkovsky, O’Keefe, Radzievskii, Paddack の頭文字であり,ここでもヤルコフスキーは名称の先頭に来ている.

先駆者が尊重された呼称

ロドリゲスの公式もラプラス・ルンゲ・レンツベクトルも,初期の先駆者は長い間忘れられたか,あるいは認識されていなかった.これらの公式とベクトルには,後に誰かが本来の発見者の業績に注目するまでは,“再” 発見者の名前が付けられていた.

ヤルコフスキー効果の場合は,ヤルコフスキーによる最初の業績はおおまかで概念的なアイデアに過ぎないものだった.ヤルコフスキーの当初の目的は,エーテルの存在についての彼の仮説を補強することであり,これは後知恵ではあるが現代科学の文脈では明らかに間違ったものである.そのため,ヤルコフスキーによる原書に言及し,その効果にヤルコフスキーの名前まで付けたエピックは非常に謙虚だったと言うべきだろう.

これについては,Poynting-Robertson effect (ポインティング・ロバートソン効果,Poynting 1904,Robertson 1937) にも同様の歴史がある.
この効果は Poynting (1904) によって定量的に記述されたが,この元々の記述はいくらか不完全であった.ポインティングの理論は後に,Robertson (1937) だけでなく他の多くの著者によって大きく修正され,洗練された.それでも,この効果は歴史的な先駆者であるポインティングの名前が最初にあり続けている.

議論の余地のある例

これまでの例は,先駆者の名前が先に来ている例である.このような発見が,どのように命名されるべきかを示す優れた例だと言える.
しかし,別の議論の余地のある例として Kuiper belt (カイパーベルト) がある.

カイパーベルトの名前は,有名なオランダ系アメリカ人天文学者 Gerard Peter Kuiper (ジェラルド・カイパー) から来ている.問題は,カイパー自身は現在の太陽系の海王星〜冥王星の領域にある小天体の集団の存在について,特に主張をしていないという点である (Kuiper 1951a, b).それにも関わらず,この小天体の集団はしばしば「カイパーベルト」と呼ばれる.

現在では,カイパー以外の多数の先駆者がこの領域の小天体の集団の存在を予測していたということが,一般的に認識されている (Edgeworth 1943, 1949, Cameron 1962, Whipple 1964a, b).最も早い予測は,冥王星の発見前に既に行われていた (Leonard 1930).

現在では,カイパーよりも多くの先駆者がいるという認識が広がっているため,カイパーの名前を含めずに,小天体の集団はより一般的かつ集団的に,trans-Neptunian objects (TNOs,太陽系外縁天体) と呼ばれる.

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