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日々の感想などどうでもよいことを書き連ねるためだけのブログ。
論文関連の(ほぼ)個人用メモ。



arXiv:1810.10969
Evans et al. (2018)
An optical transmission spectrum for the ultra-hot Jupiter WASP-121b measured with the Hubble Space Telescope
(ハッブル宇宙望遠鏡で測定したウルトラホットジュピター WASP-121b の可視光透過スペクトル)

概要

ハッブル宇宙望遠鏡の STIS を用いて,ウルトラホットジュピター WASP-121b の大気の透過スペクトル観測を行った.観測波長は 0.47 - 1 µm の範囲である.
得られたデータの解析の結果,大気の不透明度 (opacity) は過去の近赤外波長 (1.15 - 1.65 µm) で測定されたものと同程度であったが,ある分光チャンネルでは過去の測定値を超えていた.

大気の不透明度の波長依存性が見られたことから,大気中に雲層が存在する可能性は 3.8σ の信頼度で否定される.代わりに,VO (酸化バナジウム) のスペクトルバンドで観測結果を説明可能である
観測されたスペクトルは,惑星の平衡温度として 1500 K を仮定し,大気の金属量が太陽の 10 - 30 倍とした場合の,雲なし大気モデルが観測結果と最もよく一致する.

Free-chemistry 復元解析を用いて,大気中の VO の存在度は -6.6 dex と推定された.
また TiO (酸化チタン) が存在する兆候は見られなかった.TiO の 3σ での存在度の上限値は -7.9 dex であった.このことは,TiO は惑星の昼夜境界領域ではガス相にはおらず,凝縮している可能性があることを示唆している.


大気の不透明度は短波長側で急激に上昇しており,0.47 µm から 0.3 µm にかけて惑星の見かけの大きさは 5 スケールハイト分大きくなる.この特徴が,大気中に一様に分布しているエアロゾルによるレイリー散乱によって引き起こされていると考えた場合,大気の温度として 6810 K という非物理的に高い値が必要となる.

この特徴の別の説明としては,SH (mercapto radical,メルカプトラジカル) による吸収が短波長側で起きているというものが考えられる.SH は,ホットジュピター大気における非平衡化学の重要な生成物として予測されていたものである.

近紫外線波長での吸収物質の正体が何であれ,それは大気の低圧領域で入射する恒星輻射の多くを吸収している可能性がある.そのため,大気全体のエネルギー収支,熱構造,大気循環に重要な役割を果たすと考えられる.

ホットジュピター大気の透過スペクトル観測

系外ガス惑星の大気透過スペクトルは,ハッブル宇宙望遠鏡を用いて多く観測されている.
ハッブル宇宙望遠鏡に搭載されている Space Telescope Imaging Spectrograph (STIS) は,波長域 0.1–1 μm の紫外線から可視光の範囲の分光観測を行うことが出来る.また Wide Field Camera 3 (WFC3) は 0.8–1.65μm の近赤外線の範囲の分光観測を行うことが出来る.

ハッブル宇宙望遠鏡での透過光分光観測の結果としては,HD 209458b 大気中のナトリウムの検出 (Charnonneau et al. 2002),水分子の複数回の検出 (Deming et al. 2013など),エアロゾルの広い証拠 (Kreidberg et al. 2014など),WASP-107b の広がった大気中のヘリウムの検出 (Spake et al. 2018) などが挙げられる.

また,STIS を用いた紫外線波長の観測では,ホットジュピターの水素外気圏の検出 (Vidal-Madjar et al. 2003など),ウォームネプチューンの水素外気圏の検出 (Ehrenreich et al. 2015など) が報告されている.
一方で,酸素のようなより重い元素は,ハッブル宇宙望遠鏡の Cosmic Origins Spectrograph を用いた観測で検出されている (Fossati et al. 2010など).

これらの他にも,大気中の水分子の吸収の検出 (Beatty et al. 2017,Stevenson et al 2014),水分子の輝線の兆候の検出,(Evans et al. 2017),TiO (酸化チタン) 分子の放射の兆候の検出 (Haynes et al. 2015),可視光の反射スペクトルへの制約 (Evans et al. 2013,Bell et al. 2017),多くの特徴に欠けた熱スペクトルの観測 (Nikolov et al. 2018,Mansfield et al. 2018) などが行われている.

WASP-121b について

WASP-121b の概要

ここでは,ウルトラホットジュピター WASP-121b の大気透過スペクトルの観測結果について報告する.なお,ここでは平衡温度 2500 K 以上のものをウルトラホットジュピターと呼ぶこととする.

WASP-121b は Delrez et al. (2016) によって発見された惑星で,やや明るい V = 10.5 の F6V 星を公転している.中心星 WASP-121 は 1.458 太陽半径で,距離は 272.0 pc である.WASP-121b は1.18 木星質量で,1.7 木星半径と膨張した半径を持っている,
また,惑星の昼側での平衡温度は 2400 K 以上と推定される.

これまでの大気観測

これまでに,WASP-121b の 1.15 - 1.65 µm の範囲での近赤外線の透過スペクトルが,ハッブル宇宙望遠鏡の WFC3 を用いた観測によって取得されている (Evans et al. 2016).この観測では,1.4 µm を中心とした水分子による吸収の特徴が検出されている.
また 2 つ目のスペクトル上のバンプが 1.15 - 1.3 µm の範囲に検出されている,これは FeH か VO (酸化バナジウム) による特徴だと解釈されている.

同じデータセットを用いた解析から,Tsiaras et al. (2018) は 1.15 - 1.3 µm の特徴は TiO と VO の吸収をモデルに含んだ場合によく合うことが示唆されている.しかし FeH については議論されていない.
Evans et al. (2017) では,この惑星の二次食 (secondary eclipse) の観測を,同じくハッブル宇宙望遠鏡 WFC3 の近赤外波長で行った.その結果,惑星の光球面の平均温度はおおむね 2700 K であることが示唆された.
また 1.4 µm の波長で,水分子の吸収ではなく放射の特徴を示すことが分かった.これは昼側半球の大気構造には,鉛直方向の温度逆転層が存在していることを示唆している.


透過スペクトルでは, 1.15 - 1.3 µm 波長域での 2 番目のバンプが検出されており,この特徴は大気中に VO が存在するモデルでフィットすることが出来る.しかし観測結果を説明するためには,化学平衡状態で太陽の 1000 倍の金属量が必要になるため,この解釈には疑問が投げかけられている.

化学平衡の組成を仮定し,惑星大気が太陽に近い組成であった場合は,検出された 2 番目のスペクトルのバンプは再現できない.現段階ではこの特徴を説明可能な仮説は存在しないが,透過スペクトルでも放射スペクトルでも検出されているというのは興味深い事実である.

WASP-121b 大気中の加熱源と TiO,VO

WASP-121b の大気に関する現在の理解は道半ばである.
昼側半球での温度逆転層の検出は,大気の低圧領域 (100 mbar 以下の高層) に強い加熱源が存在することを示唆している.しかしその加熱の原因は不明確である.

加熱源として可能性があるのは,可視光波長における TiO と VO による恒星放射の吸収である (Hubeny et al. 2003,Fortney et al. 2008).しかしどちらの分子も,検出の兆候については報告されているものの,現段階では明確には検出されていない.

また,非常に高温の惑星であっても,夜側での cold-trap によって TiO と VO は高層大気から取り除かれてしまうという指摘も存在する (Spiegel et al. 2009など).
さらに,この惑星のようなウルトラホットジュピターの昼側の温度は,水分子などのその他の分子で起きるように,TiO や VO が熱解離を起こすのに十分高い温度である (Arcangeli et al. 2018,Kreidberg et al. 2018,Lothringer et al. 2018,Parmentier et al. 2018).とはいえ,WASP-33b の大気では昼側の大気から TiO の兆候が検出されたという報告がある (Haynes et al. 2015,Nugroho et al. 2017),WASP-33b は近赤外波長での光球温度が 3000 K 程度で,WASP-121b よりも高温である.別のウルトラホットジュピター WASP-19b の可視光透過スペクトルでは,TiO バンドの存在が指摘されている (Sedaghati et al. 2017),しかしこれは,惑星に隠されていない恒星黒点の特徴を誤認した可能性も指摘されている (Espinoza et al. 2018).

紫外線波長での吸収

紫外線波長での吸収も惑星の高層大気に大きな影響を及ぼす可能性がある.

例えば Zahnle et al. (2009) では,ホットジュピター大気の文脈で非平衡の硫黄の化学反応に着目し,SH とS2 が 0.24 - 0.4 µm の波長域で重要な吸収源になると結論付けている.これらの分子種は,H2S の光分解と光化学的破壊によって形成される.

結果と議論

WASP-121b の透過スペクトルでは,短波長側で吸収が急激に強くなっているのが検出された
~ 0.47 µm では惑星半径/恒星半径は 0.121 だが,~ 0.28 µm では 0.125 となる.これは惑星の有効半径が,大気スケールハイトの 5 倍分変化したことに対応している.

長波長側の可視光ではチャンネルによってトランジット深さが異なり,大気の不透明度が波長依存性を持つことを示唆している.

レイリー散乱と雲層の有無

ホットジュピター大気では,レイリー散乱によるスペクトルの特徴はよく見られる.ここでは,観測されたスペクトルの特徴がどのようにエアロゾルで説明されうるかについて検証を行った.

スペクトル中のレイリー散乱要素に関しては,Lecavelier Des Etangs (2008) の方法論を採用した.これは透過スペクトルの傾きと惑星大気温度の関係性を与えるものであり,大気の圧力に対して散乱粒子が一様に分布していることを仮定している.

雲層が存在するモデルの場合,予想されるスペクトルは観測と合わなかった.そのためこのモデルは 3.7σ の信頼度で否定される.波長依存性のない雲ありモデルでは,可視光波長のスペクトルを説明できない.


また,スペクトルの要因がレイリー散乱だとした場合,示唆される大気温度は 6980 K となる.
これは,透過スペクトルで探査されている大気圧の範囲では非現実的なほどに高温である.もし惑星が恒星からの輻射を全て吸収した場合でも,恒星直下点での温度は 3280 K にしかならない.また透過スペクトルが観測されている惑星の昼夜境界領域は,恒星直下点での温度よりも低温になると考えられる.

さらにその様な高温環境では,レイリー散乱を起こすような凝縮物は存在し得ず,また水素分子でさえも熱解離する.

近紫外線での強い吸収

短波長側のスペクトルは,水素分子のようなガス相にある分子種や高高度エアロゾルによるレイリー散乱では説明出来ない.また化学平衡モデルでは,水素分子による吸収を超える強い吸収の存在は期待できない.

吸収物質の一つの候補は,メルカプトラジカルの SH である.これは硫黄原子と水素原子からなるラジカルである.SH は Zahnle et al. (2009) によってホットジュピター大気中の強い近紫外線吸収源になりうることが予測されていた.

1 次元光化学運動学コードを用いた結果,SH の存在度は大気圧が 1 - 100 mbar となる高度で極大になることが予測され,その場合の混合比は 10 ppm 程度となる.この圧力領域では,硫黄を含む分子種で最も多いのは,化学平衡を仮定した場合は H2S である (Visscher et al. 2006).

一方で水素原子と硫黄原子は,水素分子や水分子などの分子の光解離により生成可能.SH は H2S,H,S を含む多くの化学的経路で生成されうる.

SH が 20 - 100 ppm 程度存在する場合,観測されたスペクトルの特徴を説明できると推定される.これは,惑星大気の金属量が太陽の 20 倍で,大気の鉛直混合パラメータ Kzz = 109 cm2 s-1 を仮定した場合の推定である.ただし SH の吸収断面積は,実験的データが足りないため不定性が大きいことにも注意が必要である.現時点では,SH の存在をはっきりと確定も否定もできない状態である.

その他の硫黄化合物で存在度が大きい可能性がある SiS も同じく近紫外線で強い吸収を持つが,この分子種に関してもモデル化が不足している.

また,Lothringer et al. (2018) はガス相の鉄もウルトラホットジュピターの大気中では重要な近紫外線の吸収源になると指摘した,しかし今回測定されたスペクトルは,鉄の吸収とは適合しない.

近紫外線の吸収源と大気特性への影響

仮説上の近紫外線吸収源が何であれ,これは高層大気を大きく加熱する要因となる.

1 次元大気モデル中では,mbar 程度の圧力で 500 K 程度の加熱を引き起こすと推定される.このような加熱は例えば,VO や TiO が凝縮せずガスとして存在し続けるのを助ける可能性があり,その結果として VO や TiO による可視光の吸収によって高層大気をさらに加熱することとなる.そのため,これらの効果を正しく取り扱うことは,大気の循環とエネルギー収支の正確なモデル化において重要である.


入射する紫外線の予測を超えた吸収は,太陽系の惑星でも報告されている.有名なのは金星と木星である.

木星では 0.3 µm 付近での反射効率の減少が報告されており,これは高高度のダストかヘイズの影響である可能性がある.この吸収源の組成は不明であり,一般的には S, N, C, P の非平衡の組み合わせだろうと考えられている.

同様に金星では,紫外線波長での大気中での暗い模様の原因がまだ理解されていない.これは発見から 40 年以上経った今でも未解明である (Esposito et al. 1997など),これらの特徴は,おそらくは硫黄を含んだ吸収体の非平衡化学が関与している可能性がある.

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